【求人】曰く付き専門の質屋 従業員募集【存在しないはずの求人】

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誰かにとっては手放したい過去であり、誰かにとっては戻ってきてほしくない記憶——品物には“物語”が沈殿しています。

当店「三十一質店・特異案件管理課」は、そうした“普通ではない物語”を預かる、曰く付き専門の質屋です。

業務内容は査定・記録・保管というごく平凡な手順でありながら、その一つひとつが境界線上の作法で成り立っています。

欠員補充につき、慎重かつ粛々と仕事を進められる方を募集します。

※本求人はフィクションとしてお楽しみください。

目次

仕事の概要

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表向きは通常の質屋と変わりません。来店者(紹介制)から品を預かり、真贋・保存状態・来歴を確認のうえ、査定額を提示し、契約後に保管します。

違うのは、来歴が“人”だけに由来しない品が持ち込まれること、そしてそれらが時に査定者へ反応を示すことです。

主な業務フロー

1. 受付・聞き取り:依頼目的、保管環境、過去の異常(怪我・事故・夢)をヒアリング。

2. 一次査定:通常の鑑定手順に加え、温湿度・磁気・音圧・匂い・影の伸縮を計測。

3. 対処ラベル貼付:赤(隔離即時)/黄(経過観察)/白(通常)。

4. 記録:通常帳簿と“黒帳”へ二重記載。黒帳は毛筆・旧字表記。

5. 保管:耐火・遮音の個体隔離庫/“塩の間”/“水の間”に振り分け。

取り扱い事例(抜粋)

鳴るはずのない置時計:止めても深夜2:17で一斉に時を刻み始める。

返礼のない数珠:握ると“誰かの息”で掌が湿る。

鏡台:映る数が実在人数より一つ多い。どれが「余剰」かは日替わり。

婚礼衣装:襟元から、古い桜の花粉が落ち続ける(季節不問)。

体験談①(夜勤・新人K)

初日の夜、木箱の査定を任された。ふたを開けると中は空。にもかかわらず、重さだけが残っている感触が手首を掴んだ。記録のため目を離した数秒で、秤の針がひとりで上下する。

「視線を戻す」「名前を呼ばない」「箱に謝らない」というマニュアルの三行を、あの夜ほど心から信じたことはない。

求人条件

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募集人数:2〜3名(欠員補充・夜勤強化)

雇用形態:正社員/契約社員(試用3か月)

勤務地:非公開(面接時に通知)

勤務時間:日中 9:00–18:00/夜間 20:00–翌5:00(交替制、シフト相談可)

給与:月給50万円〜(経験・夜勤回数により加算)

手当:危険・夜勤・霊障対処・記録褒賞・静穏環境手当

賞与:年2回+黒帳功労一時金

福利厚生:年1回の御祓い/専門医カウンセリング/休憩室の“音無灯”利用

資格:不問(骨董・美術・時計・宝飾の鑑定経験歓迎)

支給物:制服、無銘の数珠、粗塩、和紙封、赤札・黄札、耳栓、低照度ヘッドライト、社用端末(圏外仕様)

求める人物像:感想より記録を優先/“なかったこと”にせず手順で処理/沈黙に耐えられる方

注意事項(必読)

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1. 帳簿が先に書く

稀に黒帳の「次の取引行」へ、あなたの筆跡で未記入の文字が現れます。消さずに朱で二重線、欄外に現在時刻を書き加えてください。

体験談②(記録係・N)

何度消しても、私の字で“買取済”が復活した。該当品はまだ来ていないのに。三日後、本当にその品が現れ、依頼者は「昨晩、夢の中で売却した」と言った。

2. 値段を囁かれても交渉しない

査定中、「もっと高く」「それは安すぎる」と背中で声がします。相手は来店者ではありません。見返さず、査定根拠を声に出して読み上げること。根拠は声を遠ざけます。

3. 鏡・窓の“余剰一名”

夜間、反射面の人数が実数より一多い事象が頻発。余剰名を特定しないでください。特定は執着を生み、“こちら側”の数が減ります。

体験談③(夜勤リーダー・Y)

余剰の顔に見覚えがあった。去年辞めたSだ。声をかけかけて、マニュアルを思い出した。呼べば戻ってくるのは彼ではない

4. 呼び鈴は閉店後に応じない

防犯カメラに姿が映らず、呼び鈴だけが鳴る夜があります。返答・開扉は禁止。ドアの隙間から差し入れられた品は受領せず、即時“塩の間”の金盆へ。

5. 封を剥がさない

和紙封・赤蝋・縄目のいずれかで封緘された品は**“依頼者以外は目視禁止”**。写真撮影も不可。

体験談④(元スタッフ・Sの記録)

三度目の夜勤で、蝋封の掛け軸に小さな割れ目を見つけた。そこから覗くと、黒い字が渦のように回っていた。吐き気が収まらず、翌朝から声が逆さに出る。医師は異常なしと言った。

6. 換気扇を止めない

地下隔離庫の換気扇は常時ON。音が止むと、布や紙の吸気音が聞こえます。止まった場合は遠隔で再起動し、近づかないこと。

7. 数字の増殖

査定額の“0”が増える、日付の“2”が並ぶ等、数字の過剰現象が発生。そのまま契約書へ転記しないでください。端末で再入力→印字→手書き併記。

体験談⑤(会計・A)

10,000円が勝手に100,000円になっていた。戻すたびに0が笑うように跳ねる。印字に切り替えると、紙だけは正しくなった。

8. 十三番ロッカーは使わない

従業員ロッカーに“13”はありません。空白の棚に荷物を置くと戻ってこない事例が複数。番号の無い空間は“置き場所として記憶されません”。

9. “返し”の儀は独断で行わない

ごく稀に品が自主的に店外へ戻ろうとします(床の滑走痕・戸の自開)。追わず、塩線を引いて静観。人が追うと“連れて行かれる”側に数えられます。

10. 休憩室で眠りすぎない

仮眠は最長20分。長く眠るほど、夢と記録の境界が溶けます。目覚めたら自分の名前を三度、声に出すこと。

体験談

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体験談(長編・夜明け前の箱/査定担当・M)

それは遺品として持ち込まれた桐箱だった。鍵はなく、ふたはテープで固定され、角には古い住所の札。一次査定の手袋越しに、冷たい“湿り”が伝わる。箱を秤に乗せると3.1kg。計測値を読み上げた瞬間、どこからか拍手がした。——数人分の、小さな手の音。

私はマニュアル通り、視線を箱から外さないまま、黒帳に筆を走らせた。ふたの隙間から、白い息が溢れ、空調が一瞬だけ逆流する。耳元で誰かが、“それは私の体重”と言った。

一度だけ、ふたが微かに浮いた。見てはいけない。わかっているのに、深夜の店はあまりにも静かで、音の正体を確かめたくなる。私は自分の舌を噛み、声にならない声で「記録、記録」と繰り返した。

夜明け。換気扇の低い唸りに紛れて、ふたが自重で閉まる音がした。秤は2.9kgを指していた。箱の木目は、指先の汗で濡れている。私は最後に“拍手あり・人数不定・秤値変動”と書き足し、箱へ謝らないことを自分に誓って、塩の間の棚へ戻した。

退勤間際、店先に小さな足跡が二列、朝露を踏んで伸びていた。どこから来て、どこへ帰ったのか。私の記録には**「来店者:0名」**と書いたままだ。

終わりに

最後にと書かれた画像

ここは“怖い話をする場所”ではありません。

怖さを測り、正しく棚に収め、明日に引き渡す場所です。

あなたがもし、説明できないことを“無かったこと”にせず、手順で扱うことに誇りを持てるなら、この仕事は長く続きます。

境界で働く者に求められるのは、霊感ではなく記録と沈黙と、約束を守る癖です。

——品は捨てられても、物語は残ります。

その物語を、あなたの手順で終わらせてください。

ご応募を、お待ちしています。

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